背景
股関節形成不全(CHD)は、大型犬で多く発症する整形外科学的疾患の一つですが、小型犬および猫にも発症が報告されています。股関節は、骨盤の寛骨臼に対して大腿骨の大腿骨頭がはまり込むことで形成される関節です。
CHDでは、寛骨臼の形成異常に伴い股関節に緩みが生じ、股関節の炎症や軟骨の損傷、股関節の亜脱臼や脱臼を引き起こす場合があります。
症状
この病気の特徴的な症状は、後肢の歩幅が狭い、お尻を振って歩く、両後肢を同時に蹴るように走行する(ウサギ跳び様歩行)などが挙げられます。しかし、これらの症状は他の整形外科学的疾患や神経学的疾患においても同様に認められる場合があるので、しっかりと鑑別する必要があります。
診断方法
まずは飼い主様からの情報をもとに歩様状態の観察と触診を行います。触診では、患肢の筋肉の萎縮や股関節の痛みがないかを確認します。
また、CHDの整形外科学的検査として、「オルトラニー試験」や「バーデン試験」という股関節の緩みの程度を評価する検査を行います。この検査は、筋肉の緊張が強いと正確に判断できない場合がありますので、当院では、鎮静剤を使用して正確な評価を行います。
関節のX線検査も併せて実施します。X線検査では、寛骨臼や大腿骨頭の形状、関節炎の有無、股関節の脱臼や亜脱臼の有無を評価します。自然に足を伸ばした状態で股関節が正常に観察されていても、股関節に圧迫を加えると亜脱臼が観察される場合もあるため、複数のポジションでX線撮影を実施します。

左:自然なポジションでの撮影、右:股関節に圧迫を加えた状態での撮影。亜脱臼が誘発されていることがわかります。
CHDと診断された場合でも、それぞれの動物によって股関節の状態は異なるため、選択できる治療方法も異なります。より最適な治療方法を決定するために、股関節の更なる詳細な形態評価を目的として、CT検査や関節鏡検査をご提案させて頂く場合もあります。
治療方法
基本的には、【内科的治療法】と【外科的治療法】を選択することが可能です。どちらの治療法を選択したとしても、体重制限、運動制限、そして滑りやすい場所にマットを敷くといった環境要因の整備を含めた保存療法が必須となります。
内科的治療法
薬物を投与することにより、疼痛を軽減することを目的として行います。関節疾患の多くに言えることですが、薬物の投与により、疼痛を軽減させることは可能であり、管理が奏功した場合には薬物の投与を必要としなくなる可能性もあります。
しかし、異常な形態の関節構造を矯正しているわけではないため、機能的な改善が完全に見込めることはありません。
外科的治療法
外科的治療法には、予防的治療法と救済的治療法の2種類があります。予防的治療法では、異常な形態の関節構造を矯正することにより、自身の股関節の機能を一生涯温存することを目標とします。この治療法の一つとして、当院では三点骨盤骨切り術(TPO)の実施が可能です。
三点骨盤骨切り術(TPO)
CHDでは、寛骨臼と大腿骨頭の接触面積が少ないため、体重が加わった際に股関節が不安定となり、関節軟骨や股関節に関わる靭帯の損傷、股関節の脱臼や亜脱臼およびそれらに続発する変形性関節症が引き起こされます。
TPOでは、寛骨臼と大腿骨頭の接触面積を増加させることで、体重が加わった際の負荷を分散させることができ、続発する股関節疾患の予防が期待できる予防的治療法です。
しかしながら、すでに変形性関節症が認められた動物に対してTPOは適応できません。そのため、生後約1歳前後までがTPOの適応年齢となります。適応年齢はあくまでも目安であり、最終的にTPOが実施可能かどうかの判断は関節鏡検査にて、関節軟骨や靭帯の損傷の有無を観察し、判断します。
TPO(三点骨盤骨切り術)は名前の通り骨盤の3カ所で骨を切る手術です。骨切りをする場所は腸骨、坐骨および恥骨であり、坐骨および恥骨は骨切りのみを行い、腸骨は骨切りを行なった後にTPO専用プレートを使用し固定を行います。これにより寛骨臼が外腹側に回転矯正され、大腿骨頭に寛骨臼が背側から覆い被さる状態になります。
この結果、前述したように体重が加わった際の負荷が分散し、軟骨の温存および変形性関節症の進行を予防することができます。

手術前と比較して手術後では、股関節の被覆率が改善していることがわかります。
救済的治療法としては、障害された関節を人工器具に置換する股関節全置換術(THR)または障害された関節を切除する大腿骨頭骨頸部切除術(FHO)があります。
股関節全置換術(THR)
現在、当院では、THRを実施しておりません。ご希望の患者様は、必要に応じて大学病院へのご紹介をさせて頂きますので、ご気軽にお問い合わせ下さい。
大腿骨頭骨頸部切除術(FHO)
FHOは、大腿骨の骨頸部を切除することで、変形性関節症を生じた寛骨臼と大腿骨頭の接触による痛みを解消することを目的とした救済的な外科治療です。正常な関節構造が失われるため、約70-80%程度の機能回復しか見込めません。
大腿骨頭が切除された空間には、周囲の筋肉や関節包によって「偽関節」と呼ばれるクッション剤の役割を果たしてくれる組織が形成されます。これにより、持続的な疼痛が緩和されることが期待できます。前述したように、本来の正常な関節構造が失われるため、術後のリハビリテーションがとても重症です。
当院では、リハビリテーション外来も併設しておりますので、詳しくはこちらをご覧ください。
